☆水墨はまるで人生そのもの
『線は、僕を描く』……まずタイトルに惹かれて本を手に取りました。
「線が」僕を描くとはどういう意味なんだろう?、ふつう「僕が」線を描くじゃないのかと。
『線は、僕を描く』は水墨の絵師に弟子入りした大学生の青山が主人公です。
水墨は線を見ればその人の性格や人となりが見て取れるといいます。
つまり線は、線を描いた人を表しているのです。

作品概要

『線は、僕を描く』は砥上裕將による書籍です。
単行本が2019年6月27日に、文庫版が2021年10月15日に発売されています。
また、2019年には漫画化、2022年には映画化もされています。
両親を交通事故で失い、喪失感の中にあった大学生の青山霜介は、
アルバイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山と出会う。なぜか湖山に気にいられ、その場で内弟子にされてしまう霜介。
反発した湖山の孫・千瑛は、翌年の「湖山賞」をかけての勝負を宣言する。
水墨画とは筆先から生み出される「線」の芸術。描くのは「命」。
はじめての水墨画に戸惑いながらも魅了されていく霜介は、
線を描くことで回復していく。そして一年後、千瑛との勝負の行方は。
線は、僕を描く 原作公式サイト│講談社 あらすじ より引用
感想

『線は、僕を描く』で描かれる水墨はまるで人生を本質を表しているかのようでした。
水墨で表現される、表現や技術、絵が描かれていないその余白でさえも、すべてに意味があり、それは人や、人の人生そのものを描いているかのようにも思えました。
記憶に捕らわれ進めなくなった青年
『線は、僕を描く』は青山の心の成長と、水墨画を通じて自分と現実に向き合っていく過程が描かれます。
青山は、両親を亡くしたことによる深い悲しみによって、過去の記憶に捕らわれ、立ち止まってしまっています。
混乱と苦しみが頂点に達したとき、気づくと僕は、実家のリビングにいながら、同時に真っ白な部屋の中にいた。
そこは僕の心の中にだけ存在する場所だったけど、そこでなら僕は少しだけ元気でいられた。
僕は壁を少し叩いてみた。質感はガラスそのものだった。(中略)
僕が本当に安らぐことのできる場所は、この場所で見る記憶だけになった。
ただ記憶を眺め続けた。
ガラスの内側に映る景色だけを、ずっと眺めて過ごしていた。
砥上裕將(著)線は、僕を描く より引用
記憶の中に閉じ込められたような状態、そしてその場所が「ガラスの中」という感覚で表現されているところが、とても独特で印象的です。
青山が感じている「現実と記憶の狭間」にいる苦しさや、その中で安らげる瞬間が、まるで閉じられた世界の中で孤独にいるような感じが伝わってきて、とても共感できました。
そんなときに、青山は水墨と出会い、少しずつなにかが変わっていきます。
小さな変化
深い悲しみにより、生きることも死ぬことすらも放棄しているような青山でしたが、水墨との出会いにより少しずつ変わっていきます。
できることが目的じゃないよ。
やってみることが目的なんだ。
砥上裕將(著)線は、僕を描く より引用
初めて水墨に挑戦しようとした青山が発した「水墨なんて自分にできるとは思えない」という言葉に対して、篠田湖山が言った言葉です。
なかなか言えない言葉ですし、分かっていても受け入れることが難しい言葉ですよね。
多くの人が、何か新しいことを始める時に「できるかどうか」を気にしてしまいますが、それよりも「やってみる」ことが大切だと気づくことは、成長への第一歩ですよね。
青山がその言葉を素直に受け入れ、努力を続けたことが彼の快復に繋がっていったはずです。
自分にできるかどうかではなく、挑戦することそのものに意味があるという考え方は、とても前向きで力強いものだと思いますし、素晴らしいことですよね。
水墨画は「自由さと世界の美しさに気付くようなこと」
いつも何気なく見ているものが実はとても美しいもので、僕らの意識がただ単にそれを捉えられないだけじゃないかって思って……。
絵を描き始めてから僕はようやく何かを見ることができるようになったんだって思いました。
砥上裕將(著)線は、僕を描く より引用
水墨の技法が持つ余白や線の流れには、確かに自由さと、言葉にしきれない世界の奥深さを感じさせるものがあります。
青山が水墨を通して、自分と向き合い、そして周囲の世界を新たに見ることができるようになる過程は、とても感動的です。
水墨画の魅力の一つは、完成された形にとらわれず、むしろその余白や線の中に無限の可能性を感じさせるところにあります。
青山が水墨を学びながら、次第にその「自由な表現」を通して心の壁を乗り越えていく様子は、まさに彼が世界の美しさに気づき、心を開いていく過程を象徴しているように感じます。
「自由さ」とは、形にとらわれない思考や感情の表現でもあるし、「美しさ」は、日常の中で気づかなかった小さな瞬間や自然の風景、心の奥深くにあるものを見つけることでもある――
水墨画を通じてそれに気づく青山の成長が、本書の大きなテーマとして描かれています。
希望
君が生きる意味を見いだして、この世界にある本当にすばらしいものに気づいてくれれば、それだけでいい。
砥上裕將(著)線は、僕を描く より引用
青山の変化を見ていると、深い悲しみを背負っていても、そうやっていつか、世界の美しさや生きていることの尊さを感じていくことによって、前に進むことができるのかなと思いましたね。
深い悲しみを背負っているときは、前に進むことがとても難しく感じますが、少しずつ世界の美しさや生きていることの尊さに気づいていくことで、自然と心の中に変化が訪れるものだと思います。
青山が水墨画を通じて感じるように、時には何かを始めることで、自分が抱えている悲しみから少しずつ解放されていくこともあるはずです。
その「前に進む力」を見つけるためには、無理に急ぐことなく、少しずつ心を開いていくことが大切で、青山の成長はまさにそのプロセスを描いていると思います。
悲しみの中でも、何かに気づき、何かを感じることができるようになると、確かに人生の中で新たな一歩を踏み出せる力が湧いてきます。
最初は見えない美しさでも、少しずつ心の目が開かれていくことで、今まで気づかなかったことに気づくようになる――
その過程こそが、前進への道だと感じます。
あとがきとオススメ度

誰かの幸福や思いが、窓から差し込む光のように僕自身の中に映り込んでいるからこそ、僕は幸福なのだと思った。
砥上裕將(著)線は、僕を描く より引用
自分の内面に向き合い、苦しみを乗り越えた先に、他者への思いやりや幸福を願う気持ちが生まれることは、人としての成長の一環だと思います。
他人の幸福を願い、自分の行動で誰かを幸せにできるとき、きっと自分自身にもその幸せが返ってくるのでしょうね。
青山が自分と向き合い、少しずつ外の世界に目を向け、他者との関わりを深めていく過程も、まさにそのような希望を感じさせるものです。
自分の苦しみを乗り越えて、他人のために何かをすることで、きっと自分が感じている孤独や苦しみも少しずつ和らいでいくのではないでしょうか。
「他者を幸せにすること」が、最終的に自分自身の幸せにも繋がるという考え方は、深い意味があり、心に希望を持つことができる大切なメッセージだと思いました。
そのような気づきが、青山にとっても大きな力になったことでしょうし、読んでいる側としても勇気を与えてくれるはずです。

表現の美しさがとても魅力的でした。

世界を見る目が変わるような作品だね。
「僕は、線を描く」のオススメ度は★4.0です!(満点が★5.0です)
表現力がすごいです。
著者の砥上氏がすばらしい水墨画家であることも納得できます。
分かりやすいストーリーと王道の展開が水墨の魅力と深い表現が引き立てていてとても良かったです。
自分の心の中と向き合いたい、人生の意味をもう一度考えてみたいと感じている人にぴったりの作品だと思います。
こんな人にオススメ
・芸術や創作に興味がある
・前向きに生きる力を見つけたい
・小説には深い人間ドラマを求める

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