岩井佳也(著)【永遠についての証明】ネタバレなし感想「天才と正しさと幸福」

小説

☆数学の美しさと天才たちの苦悩

 天才と呼ばれる人たちは私たち凡人にはない苦悩があるように思えます。
私のような凡人は、どうしても天才と呼ばれる彼らに憧れを抱きますが、彼らは自身はどのように感じるのでしょうか?
彼らの人生は幸福なのでしょうか?

 『永遠についての証明』では天才たちの苦悩が描かれています。
彼らの見ている世界は私のような凡人とはまったく違うように思える部分もありましたし、逆に凡人と似ているような部分もあったと思います。

 今回は岩井佳也いわいけいや(著)永遠えいえんについての証明しょうめいを読んだ感想記事です。
本書を読むか迷っている人や、次に読む本を探している人はこの記事を参考にしてください。

作品概要

 永遠えいえんについての証明しょうめいは、岩井佳也いわいけいや氏による2018年の小説です。
岩井氏の作家デビュー作品でもあります。

 大学の准教授であり数学者の熊沢勇一くまざわゆういちは、親友の数学者の三ツ矢瞭司みつやりょうじが晩年取り組んでいた理論の研究ノートを手に入れ、瞭司のノートを解読しその研究を引き継ぐことを決意します。
物語は熊沢が恩師である数学者の小沼に助言を求めるところから始まります。

感想

 物語の描写は、熊沢を主人公とした現在と、瞭司を主人公とした過去を交互に描きながら進んでいき、瞭司のノートに記された理論(と彼のすべて)が明らかになっていきます。

数学の魅力

 数学することの楽しさや喜び、その面白さがとても伝わってきます。
数学に理解がない読者であっても、登場人物たちが熱中する姿や、その魅力を語る様子を表した文章を読めば自ずとそう感じるはずです。
数学に人生を賭ける登場人物たち……
彼らは一般的な人の幸せよりも数学を優先します。
そういった目の前の幸せを手放してでも、優先したい数学の魅力を登場人物たちは語ります。

 本作では登場人物たちの天才的な数学的感覚を”数覚”と呼んでいます。この”数覚”を持つ人物たちにだけ見える(感じる)世界を、美しい表現で描き、数学と本作をより魅力的なものにしています。
本来数字とは無機質で、数式とは正しく、無駄のないもののはです。
しかし、数覚を持つ者たちが見る数の世界はとても美しく、魅力あるものだということを、彼らが見ている世界や感じている気持ちを共有することで、数学に興味がない読者にもその魅力は伝わるはずです。

憧れと嫉妬

 自分にないものを持っている人に対して、人は、憧れか嫉妬の感情を抱きます。
まったく手の届かないものに対しては、”憧れ”の感情を、自分の持っているがそれ以上のものを相手が持っている場合は、”嫉妬”の感情を抱くと言われています。

 本作では、私(こうよう)からすると、”憧れる”ような人物が多く登場します。
数学にのめり込み、数学で身を立てています。
好きなことがあって、それに没頭し、それで生活できる…
理想的な生き方だと思います。
もちろんそれだけではなく、それにより失ってしまったものもあり、迷ったり苦悩したりする姿を描いていますが、それすらも、すべてを投げ打ってでも、そうする価値がある、という気持ちがあってこそだと思います。
そしてその登場人物たち同士はお互いに”嫉妬”しあっています。
嫉妬しない人物はいません。
作中で誰からも天才と言われている瞭司でさえも、嫉妬心を感じている描写があります。
私からすると憧れるような人物ですが、嫉妬の仕方は、凡人そのもので、かなりリアリティを感じました。
結局、天才も凡人もみな等しくただの人間であるという感じがしました。

天才の孤独

天才の見る世界は凡人とは違う。そういった価値観(というか偏見)はよくあることだと思います。
瞭司は、常にそういう偏見に晒されてきて、常に同じ世界を見れる人を探しています。

 本作ではそれを”天才の苦悩”のような表現で描いていますが、瞭司にとってはとても辛いつらいことだったろうなと思います。
瞭司は自分のことを天才だとは思っていません。
何かに秀でた才能をもつ人のことを天才といいますが、あくまで他人と比較した上でのことです。
みんなができないようなことができる。
みんなが考えつかないようなことを思いつく。
一般的にはそのみんなの数が多くなれば、天才と呼ばれるようになります。
そして、突き詰めると、
自分ができないようなことができる。
自分がが考えつかないようなことを思いつく。
そういった人をを天才だと思います。

 瞭司には数学の才能がありました。
しかし、数学以外の部分では、うまくできないことも多くありました。
瞭司からして見れば、その自分が上手くできない部分をうまくできる人たちはみな天才に見えたことでしょうし、それを理由に自分が受け入れてもらえなかったことはとても寂しかったと思います。

幸福な人生とは

 人生において、人と人の出会い、そして別れはとても重要です。それにより後の人生が大きく変わる場合も多くあります。
本作では、瞭司と瞭司が出会った人物がお互いにどう変わっていったのかが描かれ、それが大きな魅力のひとつであると感じました。

 瞭司は出会いにより、人生の楽しさを知りましたが、同時にそれに依存するような様子もありました。
瞭司の中心は常に数学です、人はさまざまなものに依存するものだと思いますが、瞭司の場合は、数学を中心としたいろいろな依存先への執着と執念が尋常ではないように思えました。
そしてそれは、一般的な人から見れば、異常で理解できません。
瞭司以外から見れば、依存により瞭司は不幸になっていると思わせます。
しかし瞭司人生そのものを見た場合に、本当に不幸だったのか、それ自体には疑問が残ります。
依存や別れによる影響で、瞭司はいろいろなものを失っていきます。
しかしそれによって、瞭司の中心である”数学”は失いません。
それどころか、数学以外のことを引き換えに瞭司の数学はより一層深くなっていきます。

 瞭司と関わったさまざまな人物たちも、人生に大きな影響があったことが書かれています。
瞭司や瞭司と出会った人物は、その出会いによって、幸せになったのか、それとも不幸になったのか…
簡単には判断できません。
他人が不幸だと思っていても本人は幸福と思っているかもしれません。
出会いにより今が不幸でも、未来は幸福になるかもしれません。
幸せの基準は自分で決めるべきものですが、世間や他人の押し付けがそれを邪魔します。
出会いや出来事、本当にちょっとしたことで、幸せの基準は動いてしまいます。
自分が幸せであるかどうかすら、分からなくなっているような人が多いように思えます。

 そのような状態で、瞭司や熊沢、ほかの人物に対して、間違っているとか、不幸であるとか、簡単には言えません。
読み終わった後に、登場人物たちは幸せだったのか、それとも不幸だったのか、それを考えましたが、答えを出すのはとても難しかったです。
私が出した答えは、ただ「幸せであったと思いたい」それだけでした。


あとがき的なものとオススメ度

 数学に興味がないどころか、かなり苦手意識のある私(こうよう)ですが、読み始めるとたちまち作品にのめり込み、あっという間に読み終わってしまいました。
シナリオや展開に独自性があったり、文章やエピソードにも無駄がない印象でした。
無駄のない文章の中で、数学という本来、数や記号で表現するものを、現実世界のものや、イメージで表現しているのはとても面白くより際立っていて、とても良かったです。

 本書巻末の森見登美彦氏による解説の中に『登場人物たちのドラマはすべて核心をめぐって展開し、よけいなことはかかれていない。』という一文があります。
その文を読んだときにハッとしました。
数学のテスト答案には、導き出される答えではなく、途中の式を書くことも要求されます。
数学で求められる、答えは、よけいなものを書いても減点されます。
本書の、よけいなものがない文章は、とても淡白で見方によっては物足りなさを感じるほどですが、実は、とても数学的で、狙ってそうしていたのかもしれませんね。

永遠についての証明」のオススメ度は★5.0、満点です(満点が★5.0です)
 数学の好き嫌いにまったく関係なくオススメできます。
読みやすく、気持ちが伝わってきやすい文章なので、普段あまり本を読まない人にもオススメです!

こうよう
こうよう

正直、数学的な部分はまったく理解できませんでしたが、数学に夢中になる人の気持ちは分かりました!

パン
パン

今、数学を勉強している学生さんにも読んでほしいね!

こんな人にオススメ

・視野が広がるような本が読みたい

・心に響く本が読みたい

・読みやすい文章の本が読みたい

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