☆愛と人生の哲学
愛にはさまざまな種類がありますよね。
異性を愛することにより生じる恋愛や性愛、友情を育むことで生まれる友愛。
自分自身を大切にして尊重することで感じる自己愛なんてものもあります。
愛しているのは間違いない。
それは無論、家族愛というべきものである。入間人間(著)いもーとらいふ<上> より引用
『いもーとらいふ」は家族愛を最優先にした兄妹の物語です。
作品概要
「いもーとらいふ」は入間人間氏による小説です。
上下巻の全2巻で、上巻が2016年8月10日、下巻が2016年10月7日は発売されています。
『いもーとらいふ』の主人公は「兄」とその3つ年下の「妹」です。
名前は明かされません(兄妹以外の人も全員名前はでません)。
上巻は、愛や人生についての哲学的な自問が多く、下巻は(いろんな意味で)答え合わせのような内容です。
一生を誰かやなにかに捧げたとか、そういう話ではない。(中略)
妹が楽しそうに笑っているなら大体のことが『ま、いいか』
と思えるようになったのも、そういう生き方なのだろう。(中略)
気づくのに、長い時間が必要だった。(中略)
そのまま生きていくしかなかった。
これはそういう話だ。入間人間(著)いもーとらいふ<上> 冒頭より引用
感想
すごく好みの作品でした。
心情描写がリアルだし、主人公(兄)の気持ちや考え方もかなり理解できます。
……けどやっぱりどっかズレてる気がしますし、彼もそれに気づいているみたいで。
上巻は特に、なんだかずっと、何とも言い難い居心地の悪さというか、不穏な空気感がありました。
ストーリーは兄妹の日常(人生)といった感じで、それ自体はそこまで独特ではないのですが、兄妹が優先するものがちょっと社会の常識と違う(と本人たちがそう思っている)だけです。
それが、そういう後ろめたさや不安感が物語の世界観を作り出しています。
ネタバレになるので詳しくはは言えませんが、下巻は雰囲気がまったく違います。
下巻を読めば、上巻で感じた空気感の正体とその原因がが分かるはずです。
偏見
兄妹仲睦まじくなんていうありふれたそれが、なぜこうも追い詰めてくるのか。
ひょっとすると、俺たちより環境のほうが間違っているのかもしれない。入間人間(著)いもーとらいふ より引用
世の中はまだまだ偏見が多いものです。
なんで妹を愛しているというだけで偏見を持たれなければならないんでしょうね。
ただの家族じゃないですか。
家族を愛して何が悪いんでしょう。
・配偶者を愛している←OK
・娘・息子を愛している←OK
・犬・猫を愛している←これも最近では全然OK
(自分以外誰も愛さない←なんならこれでもOK)
・兄・妹を愛している←NG!
人生をどう生きようが自由なはずじゃないですか。
・仕事に人生を捧げる←OK
・研究や学問に人生を捧げる←OK
・芸術や創作に人生を捧げる←OK
・趣味や遊びに人生を捧げる←OK
・兄妹に人生を捧げる←NG!
……「なんなんだよ!」って感じですね。
何なら「家族を愛している」「家族に人生を捧げる」って言えば大丈夫な感じあるし。
生物学的にいうと、生き物は近親相姦を避けることが種の存続に有利とされているため、異性の親族に対し気持ちの悪さを感じます。
日本のように異性間の接触が慎重に扱われる文化では、親族間であっても異性の存在に対する不快感はより強調されます。
また、古い価値観しか持たない人は、結婚し子供を持つことを、人生最大の幸せと考え、それがすべての人に共通すると思い込んでいます。
それらが、兄妹が生きにくい社会の常識を形成しています。
兄は妹を家族として愛しています。
妹も兄を家族として愛しています。
それだけです。
それだけなのに、偏見を持った白い目で見られてしまうのは悲しいですね。
でも偏見って、気にしてもしょうがないものですよね。
偏見って、あくまで他人の価値観の問題ですから。
他人は他人。自分は自分。
「こうあるべき」という他人の先入観に縛られる必要なんてまったくありません。
偏見を気にしすぎると、自分らしさがなくなったり、やりたいことをためらったりする原因になります。
結局は、他人の偏見になんて気にせず、それに振り回されずに「自分がどう感じるか」「自分がどうなりたいか」に集中する方が幸せにつながるんですよね。
でも偏見をまったく気にしないのもちょっと問題があったりします。
自分の行動や言動が、無意識に相手に対する偏見になってしまっている場合があるからです。
そうなったら、自分が他人の偏見によって感じた苦しみを、同じように他人に与えてしまいます。
偏見を理解することが必要です。
相手が偏見を抱く理由を理解することで、感情的になるのを抑えられることがありますから。
偏見を気にしないためには、自分の価値観や自信を持つことが大切です。
偏見は避けられないものですが、それに影響されるかどうかはあなた次第ですからね。
俺たちの関係は想いは、傍から見て粘つき、とても気味悪いものなのだろう。
しかし人間関係に求めるの濃度は相手によって変わって当然。
俺たちはそういうのがいい。これくらいで、いいのだ。入間人間(著)いもーとらいふ より引用
不器用すぎる兄妹
標準的な価値観とやらに基づいて構築された社会で、妹と共に生きるというのは軽いものではない。
むしろかなり重たい。
だから他の色々なものを捨てていかないと、歩いていけない。入間人間(著)いもーとらいふ より引用
不器用すぎるんですよね。
兄妹は1つの目的のためにはすべてを捨てる覚悟をもっているし、そうしないといけないと思っています。
異性への愛や、両親、友人とのかかわりあいについても、かなり不器用さを発揮していて、すべてを兄(妹)とどちらを優先すべきかで、判断しているようでした。
本来、愛は両立できるはずです。家族愛を持ちながらも、異性愛を持ちますし、異性を愛したからと言って友人や家族をないがしろにすることはないはずです。
生き方もそうです。
仕事を熱心にこなしながらも、自分の趣味も全力で、家族のためにも一生懸命になれるはずです。
……なのに兄妹は違います。
視野が狭すぎるというか、自分に自信がなさすぎるようにも見えるし、逆に、すべてを分かったうえで、あえてそういう選択をしているようにも見えます。
さまざまな愛を両立させ、自由に生きる人から見れば、兄妹の生き方はとても窮屈に思えるかもしれません。
しかし、考えようによっては、一番優先すべきものが明確になっていて、その幸せのためにまっすぐ一直線に進んでいるようにも思え、それは逆に自由に生きているとも言えます。
それは、なかなかできるようなことではなく(というかほぼ無理)、ある意味理想の人生ですよね。
そういうふうにすべてを捨てて、1つのことだけを考えて生きていきたいと思っても、多くの人にはそれは無理なことです。
前述のとおり、社会的な問題や、すでに今持っているものを手放せないといったこと、将来への不安がそれを邪魔します。
不器用すぎる兄妹ですが、それが不憫だとは思いません。
むしろ、1つに集中できる強さを感じます。
1つに向かって歩んでいった人生の、その結果、どうなるのかはわかりません。
それが、正しいことなのか、間違っていることなのか……
考えること自体がナンセンスですね。
しかし迷いなく進んでいっている二人を見ていると、うらやましく感じる部分があることは間違いありません。
一番欲しいもの以外を熱心に集めている余裕はない。
気が散ると、意欲が減るかも知れないというのも怖い。入間人間(著)いもーとらいふ より引用
あとがき的なものとオススメ度
なんとか何者かにはなれて、だから俺はここにいる。
入間人間(著)いもーとらいふ より引用
こう言い切れる人がどれだけいるでしょうか。
自分の信念に従い、自分の道を進む者だけが感じられることです。
世の中には「何者にもなれない自分」に苦しむ人がごまんといます。
そんな中で、自分が何者でどう進むべきか決めて信念を貫くのはすごいです。
兄妹は、人間味に溢れる感じで理解共感できる部分も多いのですが、根本的な部分はまったく共感できません。
(でも、もちろん理解はできます)
それが、本作の独自性と面白さであり、最大の魅力に感じましたね!
なにがどうとか言い表すのが難しいですがとても面白い小説です。
二人はほんとうに不器用な兄妹だね。
「いもーとらいふ」のオススメ度は★4.0です!(満点が★5.0です)
タイトルで分かる通り、合う合わないがかなり分かれそうな作品です。
特に上巻が個人的面白かった度が満点といった感じで、正直オススメ度がかさ増しされていることも否めません。
それでも、私としては衝撃を感じた作品なので、偏見を持たずにぜひ読んでみて欲しいです。
こんな人にオススメ
・心情描写が豊かな作品が読みたい
・独特の雰囲気がある小説を読みたい。
・考えさせられる作品が読みたい。
コメント