☆夏の終わりに読みたい小説
8月31日、イリヤと浅羽は出会いました。
二人が過ごした夏はかけがえのないものです。
決して長い時間ではありませんが、濃密で忘れられないものになったはずです。
大切なのはどれだけ時間ではなくてどう過ごすかなんですよね。
『イリヤの空、UFOの夏』を読んで、日常の美しさと日常に溢れる奇跡を感じました。
今回は秋山瑞人(著)イリヤの空、UFOの夏の感想記事です。
たかがラノベと侮ることなかれ。最終巻のラストまで読めば物語のすべてがわかります。
1巻から4巻まで、そこに書かれていたことの意味が、最後まで読むことで、また違った意味に感じられるはずです。。
作品概要
イリヤの空、UFOの夏は2001年から2003年に刊行された全4巻のSF作品です。いわゆるセカイ系と呼ばれるジャンルの作品でもあります。
※セカイ系とは、主人公とヒロインなどを中心とした狭い範囲の小さな関係を描きながら、その裏側でそれらは世界の命運を担うような大問題に直結しているような作品のことです。
アニメ化及び漫画化、サウンドノベルにゲーム化もされたメディアミックス作品で、発売当時から高い評価を受けています。
主人公は中学二年生の浅羽直之。彼は夏休みの最終日、山籠もりからの帰り道に学校のプールに忍び込み、そこで伊里野加奈に出会います。
そこから浅羽とイリヤが過ごしたひと夏の物語が始まります。
感想
読み終わったあとに、著者にしてやられた感を感じました。
各巻を読み終わったときのイリヤに対する印象の変化はおそらく著者が意図したとおりだったはずで、最終巻を読み終わった後は何とも言えない感覚になりました。
個性的なキャラクター
主人公の浅羽直之は一見すると特に特筆すべきところがないような、一般的な普通の無力な中学生として描かれています。
逆にヒロインの伊里野加奈や浅羽が所属する新聞部の部長の水前寺邦博は超個性的かつ優秀です。また、ほかの登場人物も良くも悪くも個性的な性格をしていて、浅羽と対比するように描かれています。
その対比も相まって、浅羽の平凡さや感情をなかなか表に出せない性格は、読者が感情移入しやすい要素になっていると感じました。
浅羽自身は平凡さや特別でない自分にに悩んだりていますが、内面はとても素直でいい子です。
そんな中学生らしく純粋な浅羽少年にはとても好感が持てて、おじさんの私にはとてもまぶしく見えました。
何か特別な能力があるとか、とても頭がいいとか喧嘩が強いとかスポーツ万能だとか……
当たり前ですが、そんなことが人間の全てではありません。
人の強さや魅力にはさまざまな形があって、自分自身を理解しようとして悩んだり、無茶して頑張ったり、もがき苦しんでも諦めない浅羽は十分すごいです。
作中の登場人物も浅羽のことをそんな風に思っている描写がありますし、読み進めるとそのことに読者もだんだん気づくはずです。
読者の受ける印象とそれを操作しているもの
本作は全4巻でそれぞれが完結したものではなく、あくまで4巻まで全てとおして1つの作品といった印象です。
1巻と2巻では浅羽とイリヤの出会いから始まった、2人とほかの登場人物を含めた日常が描かれています。
この時点ではまだ浅羽以外の周囲の人間はイリヤことがよくわからないといった感じで、読者も同じような印象を受けると思います。
3巻になると浅羽以外の登場人物がイリヤのことをだんだんと理解し始め距離が縮まっていきます。
楽しそうにしている浅羽やイリヤ、ほかの登場人物たちを見ていると、とても楽しそうで、読者である私もこの日常がずっと続けばいいのにと願わずにはいられませんでした。
そして最終巻である4巻です。
1巻から終始、各所にちりばめられた奇妙な点が全て明らかになります。
イリヤのことや世界のこと、そのすべて、本当にそのすべてが計画されたものであって、登場人物と読者が受けたであろうイリヤへの気持ちの変化でさえすべて仕組まれたことのように思えました。
それが著者の狙いであるのはもちろんですが、物語自体にうまく組み込まれています。
そのことに気づいた(知った)浅羽がどう思うのか、どういう気持ちになったのかは、読者である私にも、ものすごく共感できました。
なぜならば、それを知ったときにはすでに浅羽やほかの登場人物と同じ気持ちにさせられていたからです。
実際に1巻と2巻、そして3巻を読んだ時の気持ちと、4巻を読んでいるときの1巻から3巻の内容を思い出していて感じた気持ちはもはや別物で、本当に登場人物たちと同じ気持ちになっていたと思います。
浅羽を含めた登場人物たち、特にイリヤのこと(世界の秘密)をしっているものたちの無力感と憤りをリアルに感じました。
日常にあふれる奇跡
本作は(もちろん!)フィクションですが、現実と同じようにとても厳しく、救いもなく、すべてが計画されコントロールされたもので、奇跡も何もない、一見するとそのようにに思えます。
しかし浅羽とイリヤの思いは誰にもコントロールできないし、浅羽とイリヤが出会ったこと、それはもう奇跡としか言いようがないようにも思えました。
また前述のとおり、4巻を読んでいるときから(全巻読み終わった後には、より一層)、3巻までの日常が本当に愛おしく感じ、輝いて見えたように思えました。
物語の中では、浅羽とイリヤ以外の登場人物もイキイキしていて、それぞれがいろいろな思いを感じながら生活しています。
誰が欠けてもそれぞれの物語は成立しないように思えましたし、それはもうすべてが奇跡的な出会いと出来事の連続のように感じました。
そして、一見するとつまらなく理不尽だらけなこの現実の世界と現実の日常も、奇跡に溢れた、美しいものなのかもしれない、見方と考え方を少し変えるだけでそう感じるのではないか、そう思わさせられました。
あとがき的なものとオススメ度
全4巻とは思えない満足感です。
読み終わった後は単純ではない複雑な気持ちになりました。
面白かったとか感動したとか、簡単な言葉ではうまく表現できませんが、独特な表現で綴られた世界に引き込まれ、今までに感じたことのないような気持になり、とても心に残ったことだけは確かです。
私の複雑で単純ではない気持ちと同じように、4巻のあとがきにはこう書かれています。
この作品のエンディングについてハッピーかアンハッピーかで担当と意見が分かれている。
二時間論議して結論は出ず。
いったい誰が幸せなら”ハッピー”エンドなのか……秋山瑞人(著)イリヤの空、UFOの夏 あとがきより
ほんとうにその通りだと思います。
私はこのことについて、結論を出す必要はないと思います。
だれがどう思おうが、結果は事実として変わることはないし、もちろんそれによって作品の評価が変わることもありませんから。
ハッピーエンド(アンハッピーエンド)と思うことで気持ち良くなるならば勝手にすればいいし、全てを受け止めて受け入れることが大事だと思うならばそうすればいいと思います。
書き手がどう書くかも、それを読み手がどう受け取り、感じるかも自由で、それこそが本作の面白さのひとつであると思っています。
「イリヤの空、UFOの夏」オススメ度は★4.0です!(満点が★5.0です)
ただのライトノベルと思うと驚くと思います。読了後にライトな余韻は残りません。
しかし、少し重い代わりに、必ず心に響くものがあると思いますので、ぜひ読んでほしい作品です。
全4巻とは思えない満足度です。
夏の物語で今の季節にピッタリだね。
こんな人にオススメ
・完成度の高い作品が読みたい
・考えさせられる小説を読みたい
・セカイ系の小説が好き
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