☆現実とは何か
「一度でもクライン2に入ったら、もう抜け出せないかもしれない──」
最初はただの体験のはずだった……。
けれど、気がつけば現実と仮想の境界が曖昧になり、どちらにいるのか分からなくなる。
もし、自分が今いるこの世界がすでに仮想空間だったとしたら……?
そんな戦慄が背筋を駆け抜ける『クラインの壺』は、読む者の現実感を揺さぶるサスペンス小説です。

作品概要
『クラインの壺』は岡島二人(井上泉氏と徳山諄一氏によるコンビ)による1989年の小説です。
ゲームブックの原作募集に応募したことがきっかけでヴァーチャルリアリティ・システム『クライン2』の制作に関わることになった青年、上杉。
アルバイト雑誌を見てやって来た少女、高石梨紗とともに、謎につつまれた研究所でゲーマーとなって仮想現実の世界へ入り込むことになった。
ところが、二人がゲームだと信じていたそのシステムの実態は……。
『クラインの壺』 岡嶋二人 | 新潮社 より引用
感想
『クラインの壺』は仮想現実をテーマにしたサスペンスで、先が気になってどんどん読み進めてしまう作品です。
主人公の上杉が「クライン2」とよばれるバーチャルリアリティシステムのテストプレイヤーとして参加するところから始まって、次第に現実と仮想の境界が曖昧になっていく展開がスリリングでした。
ここは、どちら側なんだ?
また、鏡を見た。
「どっちにしても、たいした違いなんかない」
声に出して言ってみた。
岡嶋二人(著)クラインの壺 より引用
時代を先取りした設定
『クラインの壺』は1989年の作品です。
共通のテーマで超有名な映画「マトリックス」り10年も前に、仮想現実と現実の境界が曖昧になる恐怖を描いているのは本当にすごいと思いました。
当時の技術を考えると、今のようなVRはまだSFの域だったはずなのに、1989年当時の技術と設定で、まるで本当にありそうなリアルさを感じるのは驚きです。
「マトリックス』は映画ならではの派手なアクションや哲学的テーマが強調されていますが、『クラインの壺』はよりサスペンス寄りで、主人公の心理に深く入り込む感じがあって、別の怖さがあると思います。
しかも、岡嶋二人の作品だからこそのミステリー要素も効いていて、ただのSFでは終わらないのがまた魅力的でしたね。
現実とは
主人公の上杉が「なぜ現実と仮想現実の区別がつかなくなるのか」を理論的に説明していく過程があまりにも説得力があって、「これ、もし自分が同じ状況になったら?」と想像すると怖くなりました。
しかも、一度でもクライン2に入ってしまうと、もう抜け出せない(現実を証明できない)という恐ろしさ……。
最初はゲーム感覚だったはずなのに、気づけばどこまでが現実なのかわからなくなっている感覚が、読んでいてじわじわと不安を煽ります。
「もしかして今読んでいる自分も……?」なんて考え始めると、本当に抜け出せなくなりそうでしたね。
現実の証明
しかしそれと同時にある疑問も生じます。
それは、この今いる世界が現実でることの証明方法です。
……無理ですね……。
結局、現実を現実として認識しているのは自分の脳であって、でもその脳が仮想現実の中にいる可能性を完全には否定できないんです。
そしてそれに気づいたとき、上杉と共感し、心底ゾッとするんですよ。
それと同時に、仮にこの世界がシミュレーションだったとして、それが何なんだ?という考え方も浮かびます。
結局、人は自分がいる世界の中で生きていくしかないし、「本物かどうか」よりも「そこで何を感じ、どう生きるか」のほうが大事ですから。
あとがき的なものとオススメ度
タイトルの『クラインの壺』が単なる比喩ではなく、物語の根幹に関わっていると分かったときのゾクッとする感じがたまらなかったですね!
まるで読者自身も現実と仮想の境界に迷い込んだような感覚に陥るのが、この作品のすごいところだと思います。
ラストの展開も衝撃的でしたが、読み終わったあと「本当に現実ってなんだろう?」と考えさせられる余韻もあって、なんとも言い難い心地の悪い感じが(いい感じで)、かなり好みでしたね。

真相に近づいていくにつれ、どんどんゾクゾク感が強くなるような作品でした。

ラストの演出は痺れたね。
『クラインの壺』のオススメ度は★3.5です!(満点が★5.0です)
現実の境界があいまいになるテーマは、SFや哲学的な問いに興味がある人にとってはとても面白く感じると思います。
主人公の心理描写も良いので、サスペンス好きの人やスリルを感じたい人にもオススメの作品です。
こんな人にオススメ
・SFサスペンス好き
・哲学的なテーマが好き
・心理的スリルがある小説を読みたい


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